善良な人々を救えない預言者こそ、地獄に堕ちる。(2)

 今も鮮烈に記憶されている方も多いだろうが、西暦1999年の年末にかけて、2000年問題という大騒動があった。
 旧時代の小型コンピューターで、西暦の年号を4桁で表現、記憶するには当時費用がかさんだため、下2桁で年号を記憶管理させた装置が2000年の切り替え時に内部の年号が99から00に変わると、これが数値的に減算となるため数々のトラブルが発生するというものだった。
 だが、誰が考えついたか、このトラブルが世界中で連鎖的に発生し、停電や挙げ句の果ては地球滅亡。「ノストラダムスの預言は、1999年の7月に何かが起きると見せかけておいて本当の艱難の到来はこれだ。」というようなデマが飛び交った。私の住む市でも行政が2000年問題の対策委員会を設置し、当時地域の消防団で活動をしていた私は、大晦日の寒い夜に特別警戒で強制出動をさせられた。
 私は元コンピューターのハード/ソフトの開発者だったので2000年問題が地球滅亡に繋がるなど、全く信じなかった。それどころか、これで騒動を巻き起こそうと考えていたのは世界のコンピューター技術者達に違いないと考察していた。
 当時のコンピューター技術は、インターネットが整備された現在ほど広く知れ渡ったものではなく、ちょっとアセンブリ言語程度のソフトウエアの知識があれば、この2000年問題の原因、及び考えられる危機の程度(それは、とても軽い物である。)が予想できたので、一般大衆を騒動に巻き込むことは容易にできたのである。この背景には、1990年頃のパソコン・ソフトウエア業界はとても仕事に恵まれない時期だったという経緯がある。
 パソコンはそれまでもホビーやOA用途としてそれなりに普及はしていたが、今の様に万人が使いこなせるWindowsの様なOSがあったわけではなく、各メーカー我流のOSの上に、中途半端な機能のソフトウエアに高価な出費をして運用していた時代だった。パソコンの性能も、記憶装置がフロッピーディスクのみという程度だった。ソフトウエアメーカーは腐るほど存在し、どのメーカーも似たり寄ったりの商品を発売していたのでソフトの売れ行きは振るわず、ソフトウエア技術者は何か新しい仕事が無いかと考えに苦しみ、その結果見つけた分野の一つが、既存のシステムの2000年問題への対処という作業の受注だった。この作業の難易度は幅広いが、すべてのプログラムの見直しが必要になるわけではなく、物によってはノータッチで作業が完了する(プログラムの変更が不要)ものもあり、ソフトウエア技術者にとっては比較的楽で収入になり、顧客に対して強い主導権の取れるオイシイ仕事であった。さて、この「美味しさ」に一部の技術者が着目した。
 2000年は、1990年からはまだ遠い10年先の話である。当然、旧式のシステムを稼働させている顧客の中には、システムの改善に早急な必要性を感じないところも多い。そこでシステム開発技術者は、起こりさえもしない過激なトラブルの恐怖を煽り受注に結びつけていった。この扇動の仕方と、トラブルによる様々な危機がマスコミによって広まり、開発技術者のいい儲けになっていった。
 この騒動は1999年の年末にかけてエスカレートし、クリスマスが近づく頃には消費者がミネラル・ウォーターを買い貯めするという現象が発生した。これを私は冷静に見つめ、万が一にも何も発生しないと周囲の人に忠告したが、誰も聞いてくれはしなかった。果たして私の予想通り、2000年到来の瞬間には何も起こらず、私の忠告を聞かなかった人は、私の判断と知識の正しさを認めてくれた。
 2000年頃にもインターネットはあったし、この頃から既にネット上で活動するニセ預言者はいた。この時、今年発生した福島の原発事故の様な事態が発生するという最悪の預言をしていた奴もいたように記憶している。
 それは、2000年問題が起きると世界中の発電所が停電し(まず、この事象の関連性自体、どうやっても説明がつかないのだが。)、世界中の原発の炉心が溶融する。世界中の原子力施設でチャイナシンドロームが発生し、地球が崩壊する危険があるという内容だ。
 この預言は、外部供給電源の遮断で炉心が溶融した今回の原発事故発生のメカニズムを的確に予見した秀逸な「作品」だと思うが、残念ながら発生時期は外れているし、外れた場合の担保も無い戯言(たわごと)であった。
 逆に、2000年問題などデマであり、何も起こらないと周囲の人に忠告し、人々を幸福に導こうとした私には預言の才能があったのだろうか。